映画『Z』を観た。近所のビデオ屋の閉店セールで買ったVHSを、あろうことか4年間も観ずに放置していたのだが、やっと先日無事観終えた(偶然だが、19日にBSのカンヌ映画祭特集で放送されていた)。『Z』(1969)は、実際に起こったギリシャの左翼政治家暗殺事件を題材に、国家権力による暴力と犯罪を強烈に糾弾した社会派映画の金字塔といえる作品である。ギリシャについての知識をほとんど持ち合わせていないかったが、それでも十分面白い作品だった。以下『Z』の解説より。
――地中海に面した架空の国では、軍事政権に反対する勢力が日増しに大きくなっていた。反対党の指導者的存在であった大学教授・医学博士のZ氏が演説会場で、暴漢に襲われ変死する。しかし、警察と憲兵隊はこれを交通事故死と発表した。Z氏の死を悲しみ、若者たちは激昂し、暴徒と化す。予審判事と新聞記者が真相究明に乗り出し、政治的な計画的殺人容疑が浮かぶ。警察署長、憲兵隊長、将軍を共犯容疑で告訴するが、判事側の証人が次々と姿を消していく・・・ギリシャで実際に起こった「ラムブラキズ事件」をモデルに作られた、鬼才コスタ・ガブラスが贈る衝撃の問題作――
Zおよび国家権力について。国家権力により暗殺されるZは、左派思想をもつ知識人であり影響力のある活動家である。が、Zの英雄的人格や運動の思想的拠点が細かく描かれているシーンは殆どなく(反対過激派の中を演説会場に向かうシーン、演説にて「なぜ我々の思想を暴力で封じ込めるのか。それは、我々の運動が真に人民の側に立ち権力と対立するからだ」と発言するシーンくらいか)、状況証拠的に反体制のアイコンZの社会的・政治的立場が描写されるにとどまっている。他の社会派映画、例えばアパルトヘイト政権下の南アフリカを題材にした『遠い夜明け』(1987)における活動家の描写とは異なる点だ。また、Z殺害の真相を暴く主要な人物(予審判事、新聞記者)は制度内部の告発者であるが、特定のイデオロギーの擁護者ではなくニュートラルな存在である。これら意図的なイデオロギー的「熱さ」の削ぎ落としによりドラマ性でなく寓意性が強調され、Zの悲劇を淡々とうつしだす。
「ベト病と同じく思想の病害も早期予防が不可欠だ。思想の病害は病原菌や寄生虫だ。従って人間に対しても溶液の散布をすべきだ。1回目は中学か高校が適切だ。つまりベト病に例えて言うと新芽が12−15センチに伸びた頃。2回目は開花の前後、すなわち大学生や若い労働者だ。3回目は兵役の時期がよい。こうして国家の成長を思想的病害から救うのだ。(中略)我々が社会の健全な部分を存続させ、病める部分を治すべきだ。今夜この町で敵が集会を開く。我々は主義とは無縁の民主国家だ。集会は禁じない。同様に彼らへの反対運動も禁じない。我々は健全な分子とともにあらゆる病気を根絶する。ブドウのベト病も社会の病巣もだ。」
映画冒頭での憲兵司令官のセリフである。これは国家権力の自己紹介であると同時に、Zの紹介でもある。Zは多くを語らない。語るのは支配権力の側だ。
憲兵司令官のセリフの中で気になったのは、民主政の採用である。軍事独裁体制と民主政。表面的には全く矛盾した、ないし、奇妙な組み合わせにみえる。前者は行政・司法・立法を軍首脳が一手に掌握することを主張し、後者は個人の自由・平等・参政権などを重視する。この論理的矛盾は、憲兵司令官の「集会は禁じない。同様に彼らへの反対運動も禁じない」という言葉と、Zの演説会場にて警察がZらに襲いかかる反対過激派を傍観するシーンを観れば容易に理解できる。つまり、民主主義思想の強調こそが、国家権力による犯罪を隠蔽するヴェールであり、国家のアリバイとして機能しているのである。これは、非常に近-現代的なできごとである。そして、民主主義国家を標榜する国々の有り様に既知感を覚えてることのは、決して穿ち過ぎではないだろう。
Z暗殺の実行犯となる王党過激派の庶民について。ギリシャは、ギリシャ内戦にみられるようなイデオロギーの対立と混乱(左、右、王党、反王党など)が顕在化してきた歴史を持つ。Zを直接殺害した人間は貧困する労働者であるが、彼らの悲劇は貧困だけではない。最も悲劇的なことは、人びとが政治的混乱に煽動・翻弄され、犠牲者同士が反目しなければならないということだ(相対的ステイタスを画する区分線の存在する人種差別による悲劇とも似ている)。Zの暗殺犯は、国家権力によって好みの味付けを施されたイデオロギーを纏っていたに過ぎない。王党派、反王党派、そして反権力運動すらもそのイデオロギーから逃れることはできない。かくして混乱は引き起こされ、Zが殺される。
Zの死後、政治的サスペンスに類似したストーリーが展開するが、Zの死と軍事独裁政権の台頭という出来事が暗示するものは深い。『Z』には、ジョン・グリシャム的謎解きで片付けることのできない暗さと美しさがある(特にラストシーンが圧巻)。重要なことは、陰謀の裏側にある「大きな力」を暴露することではない。重要なことは、Z殺害が誤りであることへのgut feelingを、権力ないし政治的行為そのものに対する抵抗を見出すこと、それだ。
Zの死によって、Zの意味がリアルに迫る。
Zの意味は――「彼は生きている」。
――――――――――ギリシャの近現代史概略――――――――――
ギリシャは、1829年にオスマン・トルコ帝国から独立し立憲君主制となり、希土戦争(1919-1922)を経て一時的に共和制となる。第二次大戦ではイタリア軍とドイツ軍が侵攻し、レジスタンス活動の中心として共産党が台頭。1946年に王政復古するが、王党派と共産党の対立による内乱状態となる。1967年に軍事クーデターにより軍事政権が樹立し、1974年学生運動の激化により軍事政権は崩壊し共和制に復帰した。
軍事政権下では、中道勢力と左派勢力が躍進していた時期の政権確立ということもあり、軍部の独裁に対する国民の不満が増大し、大規模なデモなど抗議行動が活発化した。軍部は国内の批判勢力に対して激しい弾圧を行い、多数の著名人を国外に追放した(女優メリナ・メリクーニが有名)。欧州各国からは軍部 独裁政権に対して厳しい批判が向けられたが、アメリカが軍事独裁政権を擁護・支援したため、ギリシャに対して実行性のある圧力が加えられることはなかった。アメリカのギリシャ軍事独裁政権支援の背景として、ギリシャがバルカン半島およびエーゲ海という軍事的要衝に位置しており、米ソ両大国による干渉が避けられず、軍事政権以前のアメリカは王党派を、ソ連は共産党を支援した。軍事クーデター以後アメリカは反左翼政権である軍事政権を擁護することとなる。ちなみに、1952年にギリシャはNATOに加盟。1974年のクーデターを指揮した軍人パパドプロスはCIAとのつながりがあったと言われている。
参考URL http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=12748
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