えーい 紙をまっくろけにぬりつぶしちゃえ
なんとかなるだろう
物語はここから始まるのだ
――
手塚治虫大先生の言葉より
彼は1ヶ月に1度くらいベレー帽をなくしていたらしい。
えーい 紙をまっくろけにぬりつぶしちゃえ
なんとかなるだろう
物語はここから始まるのだ
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手塚治虫大先生の言葉より
彼は1ヶ月に1度くらいベレー帽をなくしていたらしい。
毎日ポストに投函される多量の広告・チラシは、地味に腹立たしい存在です。ゴミ箱に捨てる作業もメイクミーシックですが、大事な手紙も一緒に捨てそうになるなど、ほんと百害あって一利無し。
ということで、チラシ撃退の貼り紙を作ってみました。
大したものではないのですが、これが結構効果があります。当初は「チラシ入れるな!ブッコロス!」と、少々恐喝めいた文句にしていたのですが、やはりコロスのはどうかということで「チラシ不要!投函するな!」を採用。また、「何かヤバそうだ・・・」という不安を投函者に感じさせ、投函を躊躇させるためにドクロマークを入れてみました☆
まだ日は浅いのですが、効果は上々です。本日もチラシ投函ゼロ達成!
広告・チラシにお悩みの方、是非お試しあれ。
「兄貴も民間人を殺したかもしれん」
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祖父の言葉より
祖父の兄は、沖縄戦に日本軍の通信兵として派遣され終戦間際に戦死している。沖縄戦の犠牲者の多くは、未だ遺体すら行方が分からない。祖父の兄の死亡も詳細不明なまま60年が経過したが、3年前に祖父母・両親・兄が沖縄を訪れて現地調査した結果、その最期(の場所)が判明した。通信兵が沖縄の民間人を殺害した可能性は、砲兵ら戦闘部隊に比べれば低いかもしれないが、当時の戦線の様子を考えると楽観できるはずもない。
沖縄戦では、日本軍が米軍の本土侵攻を遅らせるため持久戦をとり、数多くの住民が巻き込まれた。この過程で日本軍のスパイ視による虐殺や壕(ごう)追い出し、集団自決などが起こった。犠牲者は日本軍9万4136人(軍属含む)▽米軍1万 2520人▽県民9万4000人。県民の死者数は推計で、12万-16万人とする見方もある。(「毎日JP」記事より)
河鍋暁斎(かわなべ きょうさい:1831-1889)が素晴しい。
以前から好きな画家だったが、暁斎の画をみなおしてその凄みにやられた。
暁斎は、江戸末期の狩野派の下で学び、西洋画法が主流になりつつあった明治期に入っても狩野派の正統性を把持しつづけた画家である。同時に、職業絵師集団としての狩野派の枠に留まらない逞しい庶民美術を開花させた人物でもある。
暁斎は一時期「狂斎」と名乗っていたらしい。暁斎の逸話としては、幼少の頃に川辺に流れ着いた生首を家に持ち帰り写生したという伝説が残っているし、火事が起こっても逃げる事を忘れて絵筆を握って夢中に写生したという話もある。暁斎は生首、死体、髑髏などへの情熱を隠さなかったが、戯画に登場する生き物の描き方は情に溢れていて、とてもユーモラス。「呪われた部分」への欲動は、必ずしも人間性に反するものではないのだ、きっと。
暁斎の作品をグロで俗悪だと思う人もいるだろうし、「面白さ」を感じたとしても「美しさ」を読み取る人は余りいないかもしれない。暁斎の画は土臭いし、生臭い。確かにその通りなのだが、暁斎のもつ素朴さ、自己拡張の欲求の深さ、そして技術的たくましさは、醜美の域を超え、もはやひとつの強靭な武器であるかのように思われる。脆弱な美への無関心は「強い者」のしるしだ。暁斎は強い。私はそれに憧れる。
台東区の正行院にある河鍋暁斎の墓。蛙を殊のほか愛した暁斎のため、一番上の墓石(自然石)は蛙をかたどってある。
――――――――――河鍋暁斎の略歴――――――――――
日本画家。天保2年(1831)- 明治22年(1889)。下総国古河(茨城県)に生まれ、幼少時に一家で江戸に移った。はじめ浮世絵師歌川国芳に入門し、天保11年(1840)に狩野派の前村洞和、ついで狩野洞白に師事した。安政年間末ごろから、狂画(漫画)を描きはじめ、狂斎と号するようになった。卓抜した描写力とユーモアの感覚に加え、狩野派と浮世絵を折衷した表現は、新しい絵画として広く受け入れられた。明治3年(1870)、ある画会で描いた席画が政府要人を誹謗したとして投獄され、翌年放免されたのちに狂斎を暁斎と改める。81年第2回内国勧業博覧会で妙技2等賞を受賞。ギメ美術館の創設者エミール・ギメが画家レガメーとともに訪れたり、イギリス人御雇建築家コンドルが入門するなど、欧米人の間で評価が高かった。晩年には、ふたたび狩野派の画法にならう作品を描いている。
――参考URL――
河鍋暁斎記念美術館http://www2.ocn.ne.jp/~kkkb/index.html
河鍋暁斎研究コミュニティーhttp://www.kawanabe-kyosai.org/
その他本文中にリンクのあるURL
I said, you feel no pain now
One good thing about music, when it hits you feel no pain
Hit me with music now, hit me with music now
Hit me with music, harder, brutalize me
――
TRENCHTOWN ROCK / BOB MARLEY & THE WAILERS
渋谷駅南口のsoccerboyに。
I love you so much!!!!
ブログを開設する前のことになりますが、4月に友人oimoに会いに鹿児島に行ってきました。oimoは、医療系専門学校(東京)に通っていたときのクラスメイト。鹿児島美人で、とても落ち着いたお姉さんなのですが、自己紹介の時に「私は周りから“オイモ”って呼ばれてます。みなさんも“オイモ”って呼んで下さい」と発言するなど、ちょっと変わっていて面白い人です。ちなみに、“オイモ”は名字が由来なのだそうな(ナガヤマ→ナガイモ→オイモ)。
oimoに会うことが目的の旅だったので、完全ノープランの私たちをoimoとk(oimoの彼氏)が気を利かせて色んなところに連れて行ってくれました。楽しかったです。あいがともさげもした(ありがとうございました)!!
以下より、旅のおもしろ写真。
指宿(いぶすき)の長崎鼻を見終え駐車場に向かう途中。売店の店先に「何か」いる!
シュールとは、観光地にあるマネキンにぴったりの言葉です。このコは、虚ろな目とファラ・フォーセットばりの髪型がチャームポイント。
迷彩ツナギの魅力を最大限に生かすための勇気ある試み。
・・・soccerboy?
妙なバイクを発見。後部カゴに集合写真(バックは開聞岳)が飾られており、洗濯バサミとビニールの包装が実に異様です。アップで撮ったのが一番上の写真。
ご当地ならではの店名です。物色しているのは友人yukoちゃん。ビワが安くて美味しかった。
でました。鹿児島名物「そうめん流し」の市営食堂です。「流しそうめん」ではありません。そうめんを「流す」ことに意義があるのですから。
各丸テーブルに備え付けてあるのは「そうめん流し機」。結構なスピードで水が回っていますが、ここにそうめんを投入し、すくい上げて食べます。湧き水を掛け流し状態で使用しているので、とても綺麗。この写真はそうめん流しの紹介サイトから拝借。
隣のテーブルの家族。手慣れたものでした。私は最後まで「このシステム何か変!」という思いが拭いきれませんでした。何か変だよ〜、面白かったけど。
無邪気に竹馬で遊ぶoimoカップル。
末永くお幸せに!
季節はずれ
木蓮の花さく一夜
一壜のおたまじゃくしは
一個の心臓にいかなる変化を与へたか
――
尾崎翠 『地下室アントンの一夜』より
家の近所にはたくさんの野良猫が住み着いていて、外出するとだいたい2匹には出くわす。野良猫なんて珍しくも何ともないし、むしろ繁殖期は産鳴きが煩いわ、ゴミを漁るわ、糞尿臭いわで地域住民の皆さんの迷惑になっているようだが、私は野良猫が結構好きだ。
撫で回したい、餌をやりたいなどという気持ちはないけれど、人間の生活圏で生きる彼らを見るのはとても楽しい。トラ、ブチ、ミケ、白、黒、デブ、ガリ、美形、目つきの悪い奴、子連れ、びっこ引いてる奴、しっぽが短い奴、ガラガラ声の奴・・・ノラにも色々いて、それぞれ事情があって、皆がんばっている。そんな彼らを嫌いになれるだろうか、否。
そして、最近急速に親近感がわく猫ができた。いつも家のはす向かいのビルの前にいるトラ猫で、目が合うと「ナー」と鳴く以外にこれといった特徴もない。そんな猫になぜ情がわいたかと言うと、大の猫嫌いのsoccerboyが、私の思いつきにより「名付けの儀式」を行ったからだ。付けられた名前は「すっぽん」。亀と同類項のスッポンとは発音が違い、「す」にアクセントがくるという気合いの入れようだ(?)。
ただのみすぼらしいトラ猫が「すっぽん」になった日から、私たちは例のビルの前を通る度にその存在を探すようになった。彼女はビルとビルの間にある室外機の上にいることが多い。今まで野良猫だと思い込んでいたが、室外機の近くに段ボールで猫ハウスが設えてあることから「半ノラ/半飼い猫」のようである。
私たちは、すっぽんに会えたときには必ず声をかけた。
「あ!すっぽん!」「ナー」「元気か?」「ナー」
そのうち私は、すっぽんがいないときにはちょっぴり寂しく感じたり、「あいつ大丈夫かな?」と心配するようになった。しかし驚くべきは、猫アレルギーの権化soccerboyまでもが、すっぽんに対して親愛の情を抱いているということだった。すっぽんに会ったことを嬉しそうに報告してくる、会えない日が続くと「最近すっぽんの顔見てないヨ」と寂しそう・・・猫なんて文字通り「毛嫌い」していたというのに。一体彼の心に何が起きたというのか。彼の変わり身の早さに面白いやら呆れるやらで、私は「名付ける」という行為の持つ不思議について思わずには居られなかった。「名付け」は人の心に化学反応を起こさせるのかもしれない、なんて。
先日、いつものようにビルの前を通りすっぽん探しを始めていると、チャリに乗ったおっちゃんが私たちの目前で止まって「あんたら何やってるの」と聞いてきた。よほど不審だったんだろうか・・・「ココにいつもいる猫がみたくて」と正直に告白すると、「トラのヤツどこいったんだろうね。あいつはもうおばあさんだからねえ」と言って、すっぽんの住むビルに入っていった。
すっぽんはどうやら愛されているらしい。
可愛いすっぽん。君に会えて良かった。
大阪・京都に住む友人たちが2日間東京に遊びにきました。この子たちはみな幼稚園の頃からの幼なじみ(私だけが小学校で知り合った)で、未だによくつるんでいるのですが、6人全員揃うのは久々のこと。しかも東京で会うということで、ガイド役を仰せつかったのですが・・・これが結構大変だった。はとバスツアーに頼めば良かったと少々後悔しました。だってフツー、浅草→三鷹→青山とか移動しないしね(言い訳)。私は計画性の無い人間なので、色んなところで閉館ギリギリなどのパプニングが起き、みんなに迷惑かけました。ゴメンね。個人的には、東京に住んでいたら行かないような所にも行けて楽しかったです。ジブリとか。今度はゆっくりルノアールでお茶しばきましょうね。
よこはま動物園ズーラシアに向かう車内にて。このあと中山駅近くのとんかつ屋「とん八」に行くも準備中。仕方なく隣の中華料理屋で食事している途中にズーラシア閉園まであと1時間と気がつく。
螢の光が流れる中、屋内に入ってしまうオカピのお尻を拝んだ。一同はバクのデカさに驚愕→ぬいぐるみを購入。natsuちゃんのバクの歌が耳について離れない。てか、ココ東京ちゃうやん。
誕生日ってことで、みんなに牛グッズをもらいました。素敵!どうもありがとう!
先日あった面白い出来事。
私は最愛のsoccerboyくんと一緒に暮らしているのですが、彼はよく眠る人です。正確に言うと、3日間くらい殆ど寝ないこともある困ったクンなのですが、いざ寝るとなったら一日中寝ています。そして、けっこう寝言が多い。最近は仕事関係の夢が多いようで「ハイ、ハイ、わかりました。弊社からですね・・・・そんなことないスよ!ハハハ!」と愛想笑いまでしていた。
そんなsoccerくんですが、ある休日の午後にそれは起こりました。グッスリと眠る彼に近寄ると、何だかモニョモニョ言っている。私が「良く寝るなー」と思って観ていると、彼は突然ハッキリとこう言いました。
「ネッシーってあんな動きするんだね〜」
その口ぶりは本当に感心した風。私は凍り付いた。ネッシー?!ネス湖のアレか?!この人の目の前には今未確認動物がいるのか(夢ですが)!!うらやましすぎる!できることなら、この人の夢に入ってネッシーの動きとやらを観てみたい!
寝言と会話すると良くないことが起こるそうだけど、私は思わず「え?どんなの?」と聞き返した。彼は返答を予期していなかったらしく「ン?動きってあんな動きするんだね〜」と訳の分からない返事をしてきた。その後は話しかけても有意義なレスポンスがかえってくることはなく、またモニョモニョ。
彼が起きてからこの話を伝えると「全く覚えがない」とのこと。夢とはいえ、せっかくネッシーを観たのにもったいない話です。当然のことながら、本人が一番悔しがっていたけど。
ネッシーは一体どんな泳ぎ方をしていたんだろう。彼の寝言から私が予想するに、多分「ちょっとした面白い動き」だったんだと思うんだけど。鳩みたいに首を前後に振るとか、蛇みたいに蛇行するとか。あー知りたい!