名付ける 

By 234

家の近所にはたくさんの野良猫が住み着いていて、外出するとだいたい2匹には出くわす。野良猫なんて珍しくも何ともないし、むしろ繁殖期は産鳴きが煩いわ、ゴミを漁るわ、糞尿臭いわで地域住民の皆さんの迷惑になっているようだが、私は野良猫が結構好きだ。

撫で回したい、餌をやりたいなどという気持ちはないけれど、人間の生活圏で生きる彼らを見るのはとても楽しい。トラ、ブチ、ミケ、白、黒、デブ、ガリ、美形、目つきの悪い奴、子連れ、びっこ引いてる奴、しっぽが短い奴、ガラガラ声の奴・・・ノラにも色々いて、それぞれ事情があって、皆がんばっている。そんな彼らを嫌いになれるだろうか、否。

そして、最近急速に親近感がわく猫ができた。いつも家のはす向かいのビルの前にいるトラ猫で、目が合うと「ナー」と鳴く以外にこれといった特徴もない。そんな猫になぜ情がわいたかと言うと、大の猫嫌いのsoccerboyが、私の思いつきにより「名付けの儀式」を行ったからだ。付けられた名前は「すっぽん」。亀と同類項のスッポンとは発音が違い、「す」にアクセントがくるという気合いの入れようだ(?)。

ただのみすぼらしいトラ猫が「すっぽん」になった日から、私たちは例のビルの前を通る度にその存在を探すようになった。彼女はビルとビルの間にある室外機の上にいることが多い。今まで野良猫だと思い込んでいたが、室外機の近くに段ボールで猫ハウスが設えてあることから「半ノラ/半飼い猫」のようである。

私たちは、すっぽんに会えたときには必ず声をかけた。

「あ!すっぽん!」「ナー」「元気か?」「ナー」

そのうち私は、すっぽんがいないときにはちょっぴり寂しく感じたり、「あいつ大丈夫かな?」と心配するようになった。しかし驚くべきは、猫アレルギーの権化soccerboyまでもが、すっぽんに対して親愛の情を抱いているということだった。すっぽんに会ったことを嬉しそうに報告してくる、会えない日が続くと「最近すっぽんの顔見てないヨ」と寂しそう・・・猫なんて文字通り「毛嫌い」していたというのに。一体彼の心に何が起きたというのか。彼の変わり身の早さに面白いやら呆れるやらで、私は「名付ける」という行為の持つ不思議について思わずには居られなかった。「名付け」は人の心に化学反応を起こさせるのかもしれない、なんて。

先日、いつものようにビルの前を通りすっぽん探しを始めていると、チャリに乗ったおっちゃんが私たちの目前で止まって「あんたら何やってるの」と聞いてきた。よほど不審だったんだろうか・・・「ココにいつもいる猫がみたくて」と正直に告白すると、「トラのヤツどこいったんだろうね。あいつはもうおばあさんだからねえ」と言って、すっぽんの住むビルに入っていった。

すっぽんはどうやら愛されているらしい。

可愛いすっぽん。君に会えて良かった。

コメントする