ヒューゴ

『ヒューゴの不思議な発明』を友人宅で観たときのこと。友人はすでにこの映画を観ていたので、ひとりで鑑賞していたのだけど、中盤あたりから同じシーンが繰り返されたり、唐突に終盤の場面が出てきたり、また過去の場面に戻ったりして、すごい展開をしだした。私は「おお、挑戦的な映画なんだな」と思いがんばって観ていた。結局、穏やかで説得力のあるラストシーンを迎えて映画が終わり、私は満足した。思わぬ展開とラストシーンが面白かったと友人に伝えると、「そんな変な映画じゃないよ。DVDが壊れてたんでしょう」とあっさり言われてしまい、実際その通りだったので複雑な気持ちになった。

たとえ本来のものとは違っていても、自分が観た『ヒューゴ』が好きだ。主人公が時計仕掛けになってしまう夢のシーンが繰り返されたときには〈夢のなかの夢〉を体験しているような感じがしたし、ひとの心が開かれる瞬間をうつした短いラストシーンは感動的だった。他の人と共有するのはむずかしいけれど、自分にとって本当なのだから別にいいじゃない。それはまあ、そう思う。パソコンが落ちるまでひたすらたくさんの曲を流し続ける前衛音楽家の名前は何だったかしら。偶然と無秩序のなかのうつくしさ。あれみたいでカッコイイじゃない。本当はそんなふうに思いたかったけれど、さすがに壊れたDVDを何の疑いも持たずにじーっと見続ける自分の姿を思い浮かべると間抜けで、ちょっとやるせない。

その後、きちんとした方の『ヒューゴ』は観ていない。

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